住まいが子供の成績と
老人の痴呆を左右する


一生で一番高いショッピング....、
それがマイホームだ。
わかってはいるのだけれどついつい衝動的に契約してしまったり、
猛烈な営業攻勢に負けてハンコを押してしまったりと、
後で泣くケースをしばしば聞く。
いい住宅には子供の教育力や、
お年寄りへの福祉力、
病気を予防する力があるのだから....。
じっくり、真剣に計画したい。

インタビュー=早川和男(国際居住福祉研究所所長)


子供の自律心を養うことができる住宅には条件がある。

 いまの社会に起こっている色々な問題は、ほとんどが住まいと関係しています。例えば子供の登校拒否とかいじめとかも非常に関係しているわけです。
 以前、尼崎市の学校の先生に協力してもらい、住宅の条件と子供の成長の関係を調べました。尼崎市というのは、良い住宅もあるのだけれど、低水準の住宅が多く格差が大きい。そして、進学率が悪いというので、家庭条件とか住宅条件とかが関係しているのではないかというので、調査しました。
 調べてみると、情操とか、自立心とか、社会性とか、成績が良いとか、健康であるということは、住居と非常に関係があることがわかりました。例えば、洗顔、朝食、排便をしている子は自制力、自立性、社会性がある。それに対してしていない子は依存心が強い。
 生活習慣がある子というのは、自分のことをキチッとやれるわけです。自律心とは人に依存しないこと、自立心のほうは自分をコントロールできるという意味です。コントロールできるから生活習慣ができるのです。
 どうして生活習慣が身に付くかというと、親のしつけもありますが、僕らが調べていくと住宅の条件が非常に大きく響いていることがわかりました。
 たとえば木造の共同便所のアパートの場合、朝はラッシュアワーだし、冬は寒くて行きにくい。一戸建てでも一カ所の便所では駄目で、二階建てなら上下に一つずつあるというのが最低の条件です。朝のラッシュアワー時間に便秘のお姉さんがいたり、ジーと出てこないお父さんがいると、もうイライラして飛び出すのです。それでお腹痛くなるのです。
                   
 洗顔しなさいといっても、薄暗く寒い洗面所だと行きににくいのですよ。明るくて、日当たりが良くて、清潔な洗面所があれば行くわけです。さらに専用の洗面所がなくて台所兼用の洗面所だと「歯を磨きなさい」とか言ったってでてきません。それを誘導するような住まいをつくらなければいけないわけです。一カ所にしか便所がなくて「トイレに行きなさい」といっても「できるわけないじゃないか」ということになる。
  ですから、いかに生活習慣をコントロールするかはやはり快適さなんです。子供が生活習慣を養うために、住宅が子供達にとって必要なようにつくらなければならない。その一方で家をつくるときにものすごいホテルかリゾート施設のようなデラックスな設備がありますが、子供にとって本当に使いやすいのかどうか考えてみるべきでしょう。
 うつわが、生活習慣を規定しているのですね。きちんと食事したり、排泄したり、洗顔したりする子は非常に成績も良くなってくる。成績というのは全人格を決めてしまうものではないけれども、やはり集中力があるとか、気力があるとか、セルフコントロールというのか自律心を養うとかいうことの反映だと思うのです。親のしつけも大切ですが、住居環境も大きい要因なのです。
 自律的に生活行為ができる子は、勉強も自律的にやれるのです。顔を洗わない、食事もしない、それで勉強だけできる子はあまりいない。成績で価値を判断をするというのではないが、集中力を養っていく環境をどう作ってあげるかということが大事なのです。
                
塾になんか行かなくても成績がよくなる家がある。
 このように見ていくと他にもいろいろあって、テレビの視聴時間も情操とか健康に大きく関係しています。
 僕は昔、イギリスに留学していました。世話になっていた家の居間は二〇畳ぐらい。子供は女の子が二人と男の子。みんな小さいから下に降りてきて親と話をしたがります。そのとき向こうのほうでは男の子がテレビを見ている。下の娘が母親と話をしている。上の娘は本を読んでいる。僕は父親とダイニングで雑談している。お互いに邪魔しないのでいっしょに居れます。
 ところが、これが六畳ぐらいの部屋だったら、親がテレビを見ていたら子供は無視される。父親が野球などを見ていたらしゃべれない。それでテレビばっかり見ることになってしまいます。惰性的視聴というのですが、こういう状況の中で「自分の部屋へ行って勉強しなさい」といって追い出すことになる。
 子供は兄弟、親と一緒にいたいのだけれど、大きな居間でないためにそれができない。『居間』の大きさが大事なのです。親と話をすることによって自律心を育てることができる。成績とか情操に反映する。
 それからもう一つが手伝いです。手伝いをしている子供は成績も情操も健康もみんなよい。庭の手入れをしたり、犬や猫や小鳥に餌をやったり、清掃をすることは、生活文化の伝承と同時に自律心を養うのです。親がどういう風に家をマネージするかを伝えるということです。
 灘中学、灘高校の校長先生は「両親とよく話をする(特にお父さん)」「家事のお手伝いをする」「生活習慣を身に付けている」という子は、塾なんか行かなくても抜群に成績が良いといっておられます。
 幼児、とくに小学校の低学年のときの論理的思考力とか、考える力、自律心とかいうものは、学校の教育だけでなく、小さいころの家の中で育つのです。住居というのは大きな教育力を持っているのです。
 それには広い居間とか、設備が快適だとか、父親が早く帰ってこれるような家にすることが必要です。

老人の痴呆を食い止めることのできる住宅にもできる。 
 いま老人福祉施設で話題になっているグループホームは、はじめ脳性麻痺の子供をどうしたら治療できるかというところから始まったのです。それが老人に適用され、痴呆性老人をそこに入れたら、痴呆の進行が止まったり、一部直ったという事例がたくさん報告され、世界の高齢者福祉として大きな潮流になっています。
 それは子供が家でおしゃべりできる家という考えと同様で、高齢者が痴呆にならないということです。子供からお年寄りまで、おしゃべりできる家にしていかなければいけない。そのことを意識した家は、福祉の力を持っているのです。
 『息子』という映画があったでしょ。山形のお父さんが東京の息子の家に行って一緒に住もうというのだけれども、玄関横の六畳に放り込まれるわけです。孫と子供夫婦がテレビを見ている。父親は公園に行って一人ぽつんとしている。それで田舎に帰ってしまう。年寄りは住みなれた家と町に住み続けることが大切なのです。いっしょに暮らすときはみんなと話しできやすい空間が必要です。
 家というものが持っている子供から老人までに与える作用というものを、私たちはもっと認識しなければいけない。家族団欒があれば子供の顔色も見るし、健康上でも精神衛生上でも良い。お年寄りがいる場合には、子供家族のいるところに出やすいようにしてあげなければいけないのです。 
 孟子は「居は気をうつす」と言っています。「居は気をうつす、養は体をうつす、大なるかな居や」。養うというのは食べ物のことで、体を左右する。しかし家は精神を左右する。いかに住居が大きな影響を与えるかという意味です。
 こういうことに対して、日本人はあまりにも無神経、無関心です。だから貧しい家でも変えようとしないで諦めてしまう。経済力があっても見かけ倒しにしかつくらない。
 子供を塾通いさせるお金があったら、子供がいつも話し合える生活習慣の持てる、手伝いのできる家に改造した方がいいかもしれませんね。
                 
健康を守る家と毎日一秒ずつ死んでいく家がある。
 成人病などの原因も住環境と関係があります。湿気が多い、陽が当たらない、風通しが悪い、狭い部屋などにいると病気になってしまいます。
 その中でも大事なことは部家の広さです。老人ホームになぜ入ってきたのかを調べたら、一位が狭さです。狭いと動き回れない。
 部屋の温度差も大きい要素です。高齢者に対応したとうたっている住宅でも、段差をなくすとか手摺をつけることばかりやっていて、それも必要だが部屋と部屋の温度差のことを言わない。ひと部屋を暖房していてもトイレにいくと寒い、こんな家は駄目なんですよ。だから田舎にいくと部屋と部屋の温度差による脳溢血とかが多いのです。風呂も台所もみんな同じような温度にしなければいけないのです。
 次に問題になるのが建築材料です。高気密高断熱住宅での健康問題が非常に大きくなっていて、頭が重いと言ったら、日本だったら薬をくれるだけですが、スウェーデンでは、目や鼻や喉の異常感、風邪、せき、たん、皮膚の異常、アレルギー、疲れ、集中力の不足、頭痛、不快感などの症状が出た場合、医者が診察するときに「どんな職場ですか?どんな家ですか?」と聞くようになっているのです。日本でも当たり前のように使っていた接着剤や防腐剤・防カビ剤などが、高気密高断熱になることで、非常に大きな影響を持つようになってきています。
 お年寄りとか子供とか奥さんとか、家にいるでしょう。勤労者は家にいない。しかも年寄りとか子供、幼児は抵抗力が少なく、長時間家にいる。体調が悪い場合でも、室内の空気汚染が原因と気付かない。そういう知識を消費者も持たなければいけない。これからは住宅の材料に注意しなくてはなりません。
 一般の家でちまちまとした部屋がたくさんあることが多い。しかし、それでは通風が悪い。計画的な換気もしにくい。そこへもってきて建材から有毒物質が出てくるわけだから、それは病気になりますよ。
 阪神大震災では、死んだ人の88%は家が倒れて、10%は焼け死にました。焼け死んだ人も倒れなかったら逃げられた。だからほとんどすべては家の倒壊ということです。 
 人間はお母さんの子宮の中から出てくるのだけれども、出てきてから命を守るのは家です。命を守る家の延長線上に、健康も子供も成長も、 高齢者が安心できる生活があるわけです。家が安全で、安心して、快適に暮らせるというものでなければならない。それを実証しているわけです。
 防災というのは家を安全や快適にすることなのです。死んだ人は家が倒れて死んだのだけれども、そういう倒れるような家に住んでいた人は、日常から健康を破壊されているんです。透き間があったり、風化したり、カビが発生したり、日常から健康を害されているのです。毎日一秒ずつ死んでいるということになります。 
 家を健康的で安全にすることが、日常から健康を守るわけです。

●プロフィール(はやかわ・かずお)              
1931年奈良市生まれ。京都大学工学部建築学科卒。 
神戸大学名誉教授。現在、国際居住福祉研究所所長。
主な著書は「安心思想の住まい学」(三五館)、     
「住宅貧乏物語」(岩波書店)、「居住福祉の理論」   
(共著・東京大学出版会)ほか。               

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